エリザベス・キューブラー・ロスの
「人生は廻る輪のように」という本を3、4年ぶりに読み返しました。
昔読んだときよりも、はっきりわかることがたくさんでした。
私はひとには説明できない神秘体験をしたことがあるのですが、
読むと、どうやら彼女も同じ事を体験してるようです。
彼女はこんなカンジで説明してます。
************
〜それが悪夢のはじまりだった。1000回も死をくぐりむけるような悪夢だった。からだが責めさいなまれた。ほとんど息もできず、身をよじったまま、痛みにのたうちまわった。あまりにも苦しく、助けをもとめて叫ぶ力もなかった。叫んだところで、だれかに聞こえるはずもなかった。はてしなくつづく痛みに翻弄されながらも、どこかで経過を観察している自分がいた。ひとつの死が完了すると、つぎの死がはじまった。息をつくまもなく新しい死がおとずれ、叫びもだえた。それが1000回くり返された。
〜中略〜
息継ぎの期間が三度あった。
〜中略〜
無限につづく陣痛のような、強烈な痛みがまた襲ってきた。ひたすら失神することを願った。でも、そんな幸運はのぞむべくもなかった。二度目の小休止の時期があたえられるまでに、どれほどの時間がたったのかはわからない。
〜中略〜
それが教訓だった。そのあとにくる歓喜を是認するために、1000回の死という恐怖を経験しなければならなかったのだ。
〜中略〜
部屋が静かになった。痛みと苦しみと窒息感が瞬時に消えた。意識が冴えわたっていた。窓の外は漆黒の闇だった。胸いっぱいに空気を吸った。じつにひさしぶりの深呼吸だった。もういちど外の闇をみた。また深呼吸をして、あおむけになったまま、からだをゆるめた。そのとき、奇妙なことが起こりはじめた。最初は、おなかの振動からはじまった。おなかの輪郭は変化していないのに、猛烈なスピードで振動していた。あきらかに筋肉運動ではなかった。
思わず「そんなばかな」とつぶやいた。
錯覚ではなかった。横になったからだの部分が、片っ端から信じられないスピードで振動しはじめた。振動はその部分の基底層にまでひろがっていた。どこに目をやっても、無数の分子のダンスがみえた。
〜中略〜
自分の好奇心に感謝しながら、わたしはその振動する世界のやすらぎと美と静けさを堪能していた。
〜中略〜
壁も、天井も、窓も・・・・・窓外の木々も、みるものがすべて振動していた。
視野はどこまでもひろがっていながら、草の葉から木製のドアまで、細部にわたってその分子構造の自然な振動がみてとれた。畏怖を感じながら、万物にいのちが、神性が宿っているさまをながめていた。
〜中略〜
翌朝、なにもかもが想像どおりになった。草の葉、蝶、砂利など、目に入るすべてのものが分子構造のなかで振動しているさまをみながら、モンローの家に向かう道を歩いていった。それは人間が感じうる最高のエクスタシー感覚だった。周囲のすべてのものに畏怖を感じ、森羅万象に恋をしていた。水上をあるくことができたイエスのように、わたしは砂利道を浮くようにして歩いていた。至福状態のなかで、およそわたしらしくないことばで砂利に語りかけていた。
「あなたたちを踏んだり、いじめたりするなんて、とてもできないわ」
それから四、五日かけて、その至福の状態はしだいに薄まっていった。
************
いや〜そっくりです。
というよりもコレです。ぼくが体験した神秘体験は。
ぼくの場合は二、三日で薄れていきましたが、、、
一生忘れられない体験でしょうね。
なつかし〜な〜
おそらく、あの体験があるからこそ、今の私があるのだと思います。
他にも体験したことがある人のために
今日、日記としてあげておきます。
また、エリザベスはこうも言っています。
あの至福の体験が森羅万象に宿るいのちへの気づき、
すなわち「宇宙意識」のおとずれであった。 と。
<今日の格言>
「すべてはつながっている。」
この体験の最中、そんなことを理解する事ができました。
だってすべてが自分に思えたのですから(笑)
不思議なことってあるもんだな〜。